今でもまたフランスに戻りさらに腕を磨きたいという𠮷野さん。時代とともに忘れられつつあるフランスの伝統料理を今回改めて紹介することで、伝統を重んじることの大切さ、謙虚な姿勢で学び技術を磨くことの大切さを伝える。
「技術の伝承」をテーマに吉野建さんが作るのは、キジを使った伝統的なフランス料理二品。「私はもともとクラシックなスタイルのフランス料理を作ってきました。ですから今改めて、伝統を重んじる姿勢の大切さを皆さんに伝えたいのです」。45年目を迎えるという料理人人生のなかでも、特に吉野さんにとって思い出深いという今回の料理は、いずれもキジと相性の良い食材を合わせ、繊細に仕上げてキジそのものの香りや味わいを存分に引き立てたもの。パリ「ステラ・マリス」でフランス人をも魅了し、そののちに日本では「レストランタテルヨシノ」などを展開しながら多くのスターシェフも育ててきた吉野さんの、丁寧かつ的確な技術が光る。
一品目はキジのあらゆる部位を使ったパイ包み焼き「トゥルトドゥフザン」。キジのもも肉を鶏レバーや豚の喉肉とともに1日マリネしてからミンチに。そしてブリゼ生地の土台にミンチを塗り、キジの胸肉でフォワグラをサンドしキャベツで包んだ芯を乗せ、さらにミンチで覆ってフィユタージュ生地で包み、焼き色をつけるために溶き卵を塗ってからオーブンで焼く。サクサクとした生地の中にキジとそれを引き立てる食材がふんだんに詰め込まれ、ひと口食べればそのおいしさが豊かに広がるパイ包み焼きだ。合わせるのはキジのガラを鶏のブイヨンや野菜などとともに丁寧に煮詰めたソース。さらにセロリラブのピュレが爽やかな風味を添える。
二品目はキジのスープ仕立て「ブイヨンドゥフザン」。吉野さんが「ロアラブッシュ」のシェフを務めていた1989年に上梓したレシピ本『シェフ・シリーズ野生の恵み』で紹介した料理で、現在では当時のレシピに改良を加えて作っているという。味を加える「コンソメ」ではなく、出汁そのものである「ブイヨン」というのがポイント。キジのガラをたたいて鶏の出汁に入れ、香味野菜とともに弱火で分ほど煮込む。水ではなく鶏の出汁で煮るのは、よりしっかりとした味わいにするため。香味野菜はスープの味わいに深みを出しマイルドにしてくれるが、ここではあえて量を控えめにし、キジの風味がより引き立つようにする。アクを取り除きながら、火が強く入りすぎないように注意しつつ丁寧にキジの出汁を引いていく。これを紙で漉して塩で味を調えれば、澄んだキジのブイヨンができ上がる。
具材はキジもも肉のシューファルシとキジ胸肉のムニエルに、鶏のクネル。キジもも肉のシューファルシはたたいて平らにしたもも肉で生ベーコンを包み、さらにチリメンキャベツで包んで筒状にしたものをラップで包んで茹でたもの。キジ胸肉は、ほんのりとバターの香りをつけ、温める程度にムニエル。「状態の良い野生のキジは、生に近い状態で食べてもおいしい」と、ジビエを知り尽くした吉野さんならではの火入れだ。鶏のクネルは、鶏のムースとパナード、生クリーム、塩コショウとタイムをよく合わせ、鶏のブイヨンでクネルにして火を入れる。シンプルに鶏のムースでもよいが、今回はあえてクラシックなクネルにしたという吉野さん。クネルは魚や伊勢エビなど、さまざまな食材を使って発展させることができるので、ぜひ覚えてほしいという。
彩り豊かな野菜とともに具材を盛り付け、キジのブイヨンを注ぐと、たちまち芳醇な香りが立ちのぼる。ここにスライスしたトリュフをあしらえば、贅沢な一皿の完成。いかに純粋なブイヨンを作り、キジの味と香りを楽しんでもらうか。吉野さんのこだわりと技術が生んだ、「キジのエッセンスを飲む」料理だ。
「フランス料理で大切なのは、何と言っても味と香り。私はあくまでもフランス料理人としてフランス料理の伝統を大切にし、今からでもまた本場フランスに戻ってやってみたいという思いを持っています。いつもそういった気持ちを忘れずに仕事をしていますし、スタッフにもそれを伝えているんですよ」と吉野さん。つねに素直に謙虚に、新しいことを学ぼうとする姿勢が大事だと教えてくれた。苦労の末、自分が打ち込めるものとして見つけた料理人の仕事を愛し、その道を歩んできた吉野さん。これからもその技術を磨いていく。
レストラン タテル ヨシノ 銀座
東京都中央区銀座4-8-10 PIAS GINZA 12F
03-3563-1511
● 11:30~14:00LO、18:00~21:00LO
● 元日休
● コース 昼5000円~、夜10000円~
● 58席
www.tateruyoshino.com
河﨑志乃=取材、文 今清水隆宏、岩本栄作=撮影
text by Shino Kawasaki photos by Takahiro Imashimizu , Eisaku Iwamoto