「日本文学研究者、東京大学大学院教授」という肩書をもちながらも、ロバートキャンベルさんは、境界を縦横無尽に飛び越え、さまざまな分野で活躍する。日本文化に深く精通しながら、斬新で幅広い視点から現代を分析するキャンベルさんの言葉に、日本を再発見させられることも多い。
来日年を迎え、食通でも知られるキャンベルさんに、外国から来る友人を連れて行くなら、どんな理由で、どんな店を選ぶのか、本音に迫った。
――訪日外国人が日本に求めることが変化し始めているように感じます。
日本は、交通網が細かく張り巡らされ、安全だから、GPSやインターネットのデバイスを持てば、すごく深いところへも行ける。そんな時代の状況を反映しているんでしょうね。
――友人の来日も多いでしょう?
僕の周りには、仕事にせよ結婚にせよ、留学やホームステイにせよ、日本と接点がある人たちがとても多いです。日本をよく知っている人たちなんですが、状況は刻々と変わって、以前は行けなかった場所にも、ピンポイントで行けるし、行くようになっています。アメリカに住んでいる僕の妹は、スタンドアップパドルという水上スポーツをやっているんですが、来日するときも、インターネットでどんどん予約しちゃう。湘南の先や、房総半島の小さい店でレンタル予約をする。僕が聞いたことも、行ったこともないような土地の店と、到着する前からコミュニケーションをとって、何をするかも決めているんです。
──湘南や房総までひとりで行く?
日本でスタンドアップパドルをするには何を持って行けばいいか、バスに揺られてどう行くか、全部調査ずみ。彼女は日本語がひと言もできないんですよ(笑)。
そして夕方、彼女は、海から帰ってくる。じゃあ、夜は銀座で食事をしようとしたときに、そういう人をどこに連れて行けばいいか。
──これはハードルが高いですね。
日本という外国で1日、海で遊んできた彼女は、お蕎麦を食べたいのか、お肉を食べたいのか。疲れた体を癒すのにどうしたらいいか。食事に行くエリアも含めて考えます。
──自由にひとり歩きができる外国人が増えて、そういう人を「食」で満足させるにはどうすればいい?
僕は、その人を“迎えうちたい”んです。連れて行く以上は「おおっ」と思わせたい。そのためには、その人のその時の体調、旅のどの段階にいるか、今まで何を食べてきたのか、も考えて店を選びますね。
──さすがキャンベルさん、と思わせたいですよね。さりげなく。
その人と向かい合って食事をするわけだから、キャンベルがなぜそこにいなければならないのか、それが、これから食べるものと、どうつながっているのか。あるいは、なぜちょっとずれているのか、までを感じ取ってもらいたい。それが「迎えうつおもてなし」だと思います。押し付けてはいけないし、ひと昔前の「これが日本的なものですよ。あなたは、わかりますか?」なんてことは、今は通用しなくなりました。
――どんな条件で店を選びますか?
まずは「外国のガイドブックに掲載されていない、緊密な空間が味わえる店」。たとえば、もんじゃの町・月島の路地裏にある「矢もり」は、看板も暖簾も外からは見えない蕎麦屋。本当に入り口がわかりにくい。靴を脱いでカウンター席に着く、席の店で、緊密な空気感があります。
――「入口がわかりにくい」のが、むしろ良いわけですね(笑)。
「こだわりの和牛」「日本のおもてなし」なら、洋食の「島」です。お店は決して広くないのに、ぜんぜんそれを感じない。かえって活気がある。女将さんの日本ならではの接客も心地よく、食べている人たちがいい距離で、いい気流があるんです。「欧米の料理シーンに通じる洗練されたモダン和食の店」としては、神保町の「傳」。店主の長谷川在佑さんは、ユーモアも余裕もあり、仕掛けてくる。けれども、安っぽいフュージョン料理ではない。研ぎ澄まし具合が、世界の先端のレベルと、すごく共振しているんです。
――なるほど、私も行きたい。
駒場の「BUNDAN COFFEE & BEER」もお勧め。「日本近代文学館」の中にあります。この文学館は、作家の原稿など、オリジナルなリアルなものを所蔵していて、展示室でも見られますが、お店にも文学書がずらりと並んでいます。
――メニューが日本文学や海外文学にちなんでいるんですよね。
これが、本当にまいっちゃうくらいすごくて、しかもおいしい。村上春樹の『ハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる朝食セットや、宇野千代が東郷青児のために作っていた「そぼろカレー」とか。ここも外国人向けのガイドには載っていませんが、日本のモダン建築と緑に囲まれた空間がすばらしい。日本語を読めないと魅力が伝わらないハードルの高さがありますが、あえて紹介したい。「日本文化の神髄に触れるストーリーを持つ料理の店」です。
──もう1軒、推薦すると?
最後は、「日本の糀の力が満喫できる酒と肴の旨い和食店。「善知鳥」です。発酵学の小泉武夫先生に教えていただきました。青森県出身の店主の今悟さんは、酵素とか糀にものすごく詳しい。
──糀なんですね。
発酵食にこだわって、全部自分で料理を作っている。今さんが選りすぐった、全国の日本酒が味わえます。日本列島の糀や発酵食の文化をストレートに感じ取ってもらえればいいなと思います。
──1985年に来日されて、福岡・博多が最初の赴任地だったんですね。
九州大学文学部の研究生として日本に来ました。博多で10年務めて、東京大学に赴任しました。
──現在の肩書きは?
「東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コース教授」。漢字が多いですね(笑)。
──超域文化科学って何?
地域のボーダーも、学問のジャンルも、場合によっては時代も越えて、横断的に研究する。だから、目の前にフランス文学をやっている人がいれば、隣には中国の古代思想を研究している人もいる。つまり、それぞれ使っている言語が違う。毎日、他流試合をしなければならないんです。
──他流試合をするには何が必要?
まず自分の領域を深堀りしていることです。それが浮ついてグラグラしていては、ダメ。軸足がしっかりあって、その上で「向こうの森」を見たいという気持ちが大切です。われわれは研究者ですから、理論とか、共通のテーマとか、俯瞰できるテーマで自分の中に理論を作れるか、ということが重要だと思います。
──軸足をしっかりして、好奇心をもつのは、レストラン経営でも大事ですよね。他流試合も盛んだし、国籍のボーダーもなくなっています。
素材を深く知っているか、ということも似ています。素材を極め、理解、認識し、それを一つひとつ、言葉にしてきちんと人に伝えることができるかどうか。学者も同じです。
──物ごとの本質を見極められるか、ということですよね。キャンベルさんが話してくださったことを、ひとつのキーワードに落とすと?
「オンリーワン」ということです。そして、レストランの経営者であり、シェフが考え抜いているかどうか。技や良い食材を使っているのはもちろんですが、どこかで頭脳をきちんと使っている。私たち客の要求とか欲、つまり、ここを触ればすごく気持ちが良い、というツボを、見透かしている人が作っている店なんです。
──確かに「オンリーワン」ですね。
だれもが気楽に「感覚で」と言いますが、私が挙げたお店は、最後まで思考を手放していないんだと思います。流されることなく、思考を研ぎ澄ましていく。あるところで、均衡を見て、足し算をせず、バランスをずっと保ちながら、ゆるやかに時代のなかで変えていく。そんななかでちょっと挑んでみるのも大切ですよね。「挑むこと」は、私たちを引っ張っていってくれる力です。それは、万人向けではないかもしれませんが、そんなお店に、外国からの友人を連れて行きたくなります。
──たいへん面白かったです。ありがとうございました。
こだわりの和牛はもちろん、魚もおいしい。女将の日本流もてなしが嬉しい。
島
東京都中央区日本橋3-5-12日本橋MMビルB1F
● 12:00~13:00LO、18:00~21:00LO
● 日休
● コース 昼6000円、10000円 夜 18000円、23000円
● 25席
わかりにくい入り口、靴を脱ぎ緊密な空気感、こだわりのそばの実を使用。
矢もり
東京都中央区月島3-9-7
03-6225-0633
● 18:00~22:00(入店は19:30まで)
● 日・祝休
● 蕎麦懐石コース6500円
● カウンター6席+個室4席
欧米の料理シーンにも通じる感覚をもつオリジナルの日本料理が味わえる。
傳
東京都千代田区神田神保町2-2-32
● 17:00~23:30(22:30LO)土・祝は~22:30(21:00LO)
● コース15000円~
● 日・祝日(不定)休 GW、夏季、年末年始の休業あり
● 32席
www.jimbochoden.com
日本文学に囲まれる重厚な空間と、作家ゆかりのおいしい料理とコーヒー。
BUNDAN COFFEE & BEER
ブンダン コーヒー & ビア
● 9:30~16:20(15:50LO)
● 日・月・第4木休(日本文学館に準拠)
●「ハードボイルド・ワンダーランド」の 朝食セット1000円、そぼろカレー1000円
http://bundan.net/
おいしい日本酒が揃う。アテの肴も種類が多く、糀を使った料理がオススメ。
善知鳥(うとう)
東京都杉並区西荻北3-31-10
03-3399-1890
● 19:00~22:00
● 日・祝休
● 日本酒1合800円~ ●11席
民輪めぐみ=インタビュー 江六前一郎=構成 星野泰孝=撮影