この新鮮な手長海老は熱海の漁港から届いたものです。手に入った食材を見て、食していただくお客さまのお顔を思い浮かべながら、レシピを考えます。それが私のスタイル。
ベルベーヌはフランスで愛されているハーブです。英名はレモンバーベナ。1リットルの水にベルベーヌとレモンの皮を入れて、沸騰させて香りを出したら、50度まで温度を下げて、その中に手長海老を1分ほど入れて火を通します。優しく火を入れることで手長海老に、すっきりとしたレモンの香りとほんのりとした甘味のあるベルベールの香りを纏わせます。このひと皿は、6年ほど前から登場させた料理です。
私の叔父が大阪で2店舗を経営する料理人だったこともあり、料理の道を目指しました。6年間、フランス各地の料理と風土、文化にどっぷりとつかって、26歳のときに日本に戻りました。フランスで出会った2歳年上の井上旭さん(「シェ・イノ」)の紹介で、銀座「レカン」で働き、井上さんが独立後、「レカン」の料理長を15年ほど務めました。この間、私は一流のお客さまに育てられた、と心からありがたく思っています。
その中のお一人、『華岡青洲の妻』で女流文学賞を受賞なされた有吉佐和子さんとお話したことが今でも心に深く刻まれています。
「作家は作品が永遠に残る素晴らしいお仕事ですね。料理人も心を込めますが、作ったものはすぐに消えてなくなります」と言いましたら、「城さん、それは違うわ。料理も残るわ。城さんのフレンチは、私の舌の記憶の中に永遠に残るのよ。そのひと皿が記憶の中で溜まっていくと、立派な一冊の本になるわ」とおっしゃったのです。私はこの有吉さんの言葉を励みとし、目標としてきました。
2012年に文化勲章を受章なさった日本画の大家・松尾敏男先生は、現在も「ヴァンサン」にお越し下さり、「一番大切なのはデッサン、つまり基本です」とおっしゃいます。松尾先生は、私をモデルに「シェフ」という名の150号サイズの日本画を描き、長崎県立美術館に寄贈なさいました。
私は、過去、現在、未来と続く中で、自分の厨房に立ち、このひと皿を作っている、今という現在を大切に思っています。過去という基礎を土台にしながら、現在、そして未来に続く私の道を、できることなら永遠に歩んでいきたい。
私の料理哲学は、19世紀の料理学者ヴァンサン・ラ・シャペルの料理書に表現されている「季節の素材がもたらす自然な味を最大限に生かすこと」に集約されます。独立しレストランを開いたときには、迷わず「ヴァンサン」と名付けました。
そして、フレンチの技法を使って、シンプルで体にも優しいおいしい料理を作るために、フレンチならではのソースを大切に考えています。
健康志向のせいでしょうか。フランス料理も軽いソースが好まれている昨今ですが、私はオリーブオイルよりもバターのほうが“重い”とは思っていません。鉄分も多く、消化もよいバターと、アルザスのワイン、ゲベルストラミネールを使ったソースを、このひと皿にも使っている所以はここにあります。
ヴァンサン
東京都港区六本木5-18-23 イナックビルB1
03-3589-0035
● 11:30~14:00LO 18:00~22:00LO
● 日休(祝祭日は18:00から営業)
● 城シェフおまかせメニュー15750円~
● 50席
www.vincent-la-jo.com
長瀬広子=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国第223号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第223号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。